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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)3261号 決定 1995年11月17日

債権者

中西正幸

右代理人弁護士

金子利夫

右同

村田喬

右同

在間秀和

債務者

大阪相互タクシー株式会社

右代表者代表取締役

多田精一

右代理人弁護士

俵正市

右同

寺内則雄

右同

小川洋一

右同

林信一

右同

松本史郎

右同

中川晴夫

右同

中嶋俊作

右同

奥田純司

主文

一  債権者が、債務者に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金八〇万円及び平成七年一一月から第一審判決の言渡しまで毎月二八日限り、金四〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立を却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立の趣旨

一  主文第一項同旨

二  債務者は、債権者に対し、平成六年九月九日から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り、金四九万円の金員を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、債務者が債権者(債務者の課長職である。)に対してなした諭旨解雇を無効として、労働契約上の地位にあることの確認及び賃金の支払を求める仮処分で(ママ)ある。主たる争点は、債権者の課に所属していた乗務員が乗車拒否事件を起こしたが、この点に関して債権者の指導監督義務違反があるか、あるとして、諭旨解雇事由となり得るかという点である。

一  前提となる事実関係

1  当事者

(1) 債務者は、自動車(タクシー)による旅客運送事業を営む株式会社で、従業員の総数は約八〇〇人である。

(2) 債権者は、昭和二二年生まれの男性で、昭和五七年タクシー運転手として債務者に入社し、平成四年二月運輸第一部第六課の課長に就任、平成五年四月には運輸第二部第三課長となって、本件解雇当時は、右課長の地位にあったものであり、本件解雇当時、その賃金は月額約四九万円であった。

2  債務者は、債権者に対し、平成六年九月八日付で諭旨解雇する旨の通知をし(1ケ月の予告手当て付)、その頃、右通知は債権者に到達した。

3  諭旨解雇の理由として債務者が掲げた事由としては、「債権者の担当課において、平成六年二月一〇日、乗車拒否事案が発生し、このため、近畿陸運(ママ)局から債務者に対し、営業停止三〇日(五日間六台)の処分が執行されたものであるところ、債務者は従来から債権者に対し、乗車拒否事案につき特にその発生を防止するため乗務員の監督指導に遺漏なきよう指示してきたのに、乗務員の乗車拒否による営業停止処分を発生させた監督責任は重大であり、従業員賞罰規定第六条二六項(業務上の怠慢、又は監督不行き届きにより事故を発生させたとき)に該当する。」というものである。

4  乗車拒否は、タクシー業界において、極めて悪質なものとされ、債務者においては、料金不正、乗客苦情と並んで三悪とされており、乗車拒否を起こした乗務員は、引責退社、そうでなければ解雇処分となるのが通例である。

右乗車拒否(乗務員北田十三雄、以下「北田」という。)の態様は、平成六年二月一〇日、午後一一時二五分頃、タクシー乗り場において、一旦乗せた乗客らに対し、近距離であることを理由に断ったうえ、右乗客らを送ってきていた店の者に対して暴言を吐いたというものである(以下「本件乗車拒否」という。)。その後、債務者及び近畿運輸局に対し、苦情が申し立てられ、北田は、引責退社した。

5  右乗車拒否により、債務者は、平成六年八月一七日、近畿運輸局長から、債務者の保有する事業用車両六台につき同年九月一日から五日間の使用停止の行政処分(以下「本件行政処分」という。)を受けた。なお、債権者の上司である運輸第二部の部長藤原哲宏は、債務者から、減給一〇分の一(三か月)の処分を受けている。

6  同年二月二三日、債権者の担当課の乗務員吉野元光(以下、「吉野」という。)が、乗客苦情事案を起こし、吉野は引責退社した。右苦情の内容は、近距離の乗車申出に対し、予約車であるとの虚偽の口実で一旦断ったものの、客から追及されて、結局乗車に応じたというものである。債権者が現在の運輸第二部第三課長となる以前において、吉野は数回乗客苦情事案を起こしている(債権者が担当してからは今回が始めてである。)。

7  債務者において、乗務員に対する指導としては、(1)入社時に教習課長が行う教習(なお、この段階で、乗車拒否をした場合は、引責退社又は解雇となる旨の説明がある。)、(2)出庫時の点呼の際に、出庫する乗務員全員に対してなされる指導(各課長が日替わり当番で行う。)、(3)課長が所属課の乗務員に対して予防を目的として個別に行う指導(以下「個別指導」という。)、(4)問題を起こした乗務員に対し、その所属課の課長が事後的に行う指導、(5)課長が所属課の乗務員全員に対して、月一回全社的に行う指導(毎月一回、乗務員指導監督記録簿を各乗務員に閲覧させて指導するもの)、がある。

8  債務者は、平成五年四月二三日、その乗務員らに対し、「警告」と題する書類を告示したが、その内容は、今後、乗車拒否、不当料金、飲酒運転等に対しては、厳しく指導、処分するというものであった。

9  債務者における課長らの中で、乗務員の不始末につき、解雇された者は過去にはいない。

10  債権者の過去における処分歴としては、平成四年終わり頃、担当乗務員が勤務時間中にパチンコをしていたことから、始末書を書いたことが一度あるのみである。

二  債務者の主張の要旨

1  本件乗車拒否により、債務者は、本件行政処分を受け、極めて大きな損害を被った。

2  債権者は、北田に対して指導監督義務を怠っていた。特に、個別指導は全く行っていなかった。北田の乗車拒否事案の直後に吉野が乗客苦情事案を起こしたこと、さらに、その頃から、債権者は、乗務員らに対する個別指導などできない等管理職の責任を放棄するかの如き発言をするようになったことも、債権者が右指導監督義務を怠っていたことの証左である。

3  債権者の指導監督義務違反が前記従業員賞罰規程に該当することは明らかであり、本件乗車拒否が、行政処分を受けたという重大事案であること、前記「警告」文書の告示後のことであること等の事情をも併せ考えれば、債権者に対する諭旨解雇が有効であることは明らかである。

4  保全の必要性はないし、そもそも従業員たる地位の確定については、その必要が全くないものである。

三  債権者の主張の要旨

本件解雇は、(1)解雇事由(指導監督義務違反)が存在しない、(2)仮に、形式的には、解雇事由に該当するとしても、解雇は重きに失し、解雇権の濫用であり、(3)不当労働行為であり、いずれにせよ、無効である。

第三当裁判所の判断

一  指導監督義務違反について

1  課長の指導監督義務について

(1) 課長がその担当課の乗務員に対して指導監督する権限を有し、義務を負うことは明らかであり、その方法は、前記第二、一、7記載の(2)ないし(5)のとおりである。北田については、本件乗車拒否以前において特に問題を起こしたと認めるに足りる疎明はないから、個別指導がどの程度なされていたかが問題となる。

(2) 個別指導は、課長の業務(車両の点検・修理、書類の作成、車庫の見回り、納金受領、日報のチェック、苦情処理等)の合間に、その担当乗務員らと日常的に接触する機会に行われるものである。すなわち、課長としては、自己の担当する乗務員ら(四七名程度)とできる限り接触して、その性格、体調、精神状態、生活状況等を把握し、乗務員らをして良好な状態で運転業務に従事させるよう個別に指導する義務を負うというべきである。そして、乗車拒否をしないように指導することも右個別指導に含まれるといい得る(<証拠略>)。

(3) しかしながら、タクシー会社においては、通常の会社と異なり、課長と乗務員の接触する時間が少なく、通常の会社よりは、その指導にある程度の限界があることもまた事実である。

2  乗車拒否防止の指導監督義務について

(1) タクシー業界では、乗車拒否は極めて悪質なものとされ、債務者の乗務員らも、乗車拒否が許されない行為であり、もし、発覚した場合は退社を覚悟しなければならないことは百も承知であったものである。債務者の部長吉川武の供述(<証拠略>)によっても、乗車拒否をしてはならないということは、点呼時においてもわざわざ口に出して注意をするまでもないほど当然のことであったとのことである。すなわち、乗務員としては、乗車拒否は、わざわざ注意されなくとも、退社という最も重い代償を支払わねばならないものであることは理解していたものである。

(2) そして、仮に、その予防に万全を期したとしても、乗車拒否を事前に完全に防止することは困難である一面もあることは言うをまたない(実際、通報等がなく顕在化しない乗車拒否はある程度存在するものと思われる。)。

(3) 以上を前提に考察すると、課長には、個別指導の義務があり、右個別指導の中には、乗務員に対し、乗車拒否をしないよう指導監督する義務も含まれていると一応はいえる。しかしながら、一般的にいって、前記のとおり、個別指導には時間的な限界もあるし、乗車拒否は、やってはならないことであることは乗務員にとって自明のことである一方、事前に完全に予防することも極めて困難なものである。又、そもそも、個々の乗務員に会った際に、「乗車拒否をしてはならない。」という乗務員にとって分かりきったことを口に出して事細かに注意することが現実にどれだけ効果的といえるのかは疑問なしとしない。むしろ、日頃から、乗務員と接触をはかり、その時々でその本人に合った適切な助言等を与えることで、結果的に乗車拒否防止の効果を期待することの方がより効果が上がるとも考えられる(この点は、山下吉美も同趣旨の供述をしている。<証拠略>)。

3  債権者の指導監督義務違反の有無について

(1) 債権者は、過去において乗客苦情事案を起こした者等特別な者は別として、それ以外の乗務員らに対しては、格別乗車拒否をしないよう事細かに注意するようなことはなかったと認められる。北田についても、同人が、債務者において乗務員として相当の経験があった者であることもあって、債権者は、健康面を除いては特に問題のある者とは考えておらず、顔を会わせた際、健康面を気づかうことが主であったと考えられるものである(<証拠略>)。

(2) そして、債権者の北田に対する右態度は、同人に対する個別指導を行っているものと一応評価できるものであり、個別指導を全くなしていなかったとの債務者の主張はあたらないというべきである。もっとも、右個別指導が質的、量的に充分なものであったとはいえない恨みはある(債権者自身、本件仮処分申立の主張において、現実問題として個別指導が充分できないことを自認していると考えられる。)けれども、前記のとおり、個別指導の時間的限界や乗車拒否防止の困難性等を考慮すれば、仮に、債権者に右義務違反があったとしても、その違反の程度が大きいものであるということはできない。実際、多少程度の差はあるとしても、他の課長らが債権者の右の如き指導と格別異なった指導をしているとは思われず、そのような事実を認めるに足りる疎明はない(本件乗車拒否が起こる以前において、債権者が他の課長と比較して特別問題があるとされていなかったことは、山下吉美も供述するところである。<証拠略>。)。

本件乗車拒否の直後に、吉野が乗客苦情事案を起こして引責退社しているけれども、前記のとおり、吉野は、以前にも数回にわたり問題を起こしているのであって、債権者の監督指導に特に問題があったとは断定できない。

又、債務者は、右吉野の件が起きた後、債権者が、個別指導などそもそも不可能である等管理職の責任を放棄するかの如き発言をするようになったと主張するけれども、解雇通告以前に右の如き発言がなされたとの疎明はない。仮に、債権者に右のように取られかねない発言があったとしても、その真意は、現実問題として個別指導の時間的余裕が少なく、かつ、乗車拒否を事前に完全に防止することは不可能であるとの趣旨であると思われ、債権者自身個別指導を放棄するとの趣旨で述べたものとは思われない。

(3) 以上によれば、指導監督義務につき、債権者が右義務に全く違反していないとまではいえないとしても、その違反程度は大きいものとはいえず、他に右程度が大きいことを認めるに足りる疎明はない。

二  その他指摘すべき点は以下のとおりである。

1  本件乗車拒否により、債務者が本件行政処分を受けたことに照らせば、本件乗車拒否が重大な事案であるといい得る。もっとも、債務者と同一経営者の経営する京都相互タクシー株式会社(以下「京都相互タクシー」という。)も、乗車拒否により債務者と全く同一の処分を受けているのであって、本件行政処分が行政庁に発覚した場合に取られる処分として著しく重いものとまでは認めることはできない(<証拠略>)。

2  そして、右京都相互タクシーの事案においては、その担当課長は減給処分に処されたにすぎず、解雇されてはいない(<証拠略>)。

3  前記のとおり、債務者の課長において、乗務員の不始末(乗車拒否も含む)が原因で解雇された者は過去にいない。

三  まとめ

以上、債権者の指導監督義務違反の程度、京都相互タクシーの担当課長の処分との比較、債務者の課長らの過去の処分例との比較等を総合考慮すれば、本件乗車拒否事案において、債権者を指導監督義務違反があるとして諭旨解雇処分とするのは、重きに失する処分であるといわざるを得ない。債務者は、(1)債権者が個別指導を全く行っていなかったこと、(2)本件乗車拒否直後に吉野が乗客苦情事案を起こしたこと、(3)個別指導することを放棄するが如き発言をしたこと、(4)本件乗車拒否は行政処分を受けた重大事案であること、(5)平成五年四月に、乗務員らに対し、「警告」を発したこと、等をもって、本件事案の特殊性を主張するけれども、右(1)ないし(4)については、すでに検討したとおりであり、又、(5)については、右警告は、直接的には乗務員に対してなされたものであるところ、確かに課長に対してもある程度同趣旨の警告となるという面はないわけではないけれども、右警告をもってしても、本件解雇処分を正当化することはできないというべきである。本件諭旨解雇は無効である。

四  保全の必要性について

1  疎明資料によると、債権者は、(1)妻と二人暮らしであり、(2)妻は、会社勤めで月額一一万円程度を得ていること、(3)離婚した前妻のもとで生活している実子への養育料として月に一五万円送金していること、(4)解雇前月額約四九万円の給与の支払を受けていたこと、が一応認められる。

2  右事実のほか平均的家庭における標準的な家計支出等諸般の事情をも併せ考えると、債権者に対しては、過去分の仮払として八〇万円、及び平成七年一一月以降毎月四〇万円の金員の仮払が必要であると一応認められる。

3  なお、従業員たる地位の確定は、債権者が加入していた健康保険・厚生年金の資格を継続するために必要であり、保全の必要性がある。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 村田文也)

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